石原都知事の韓国併合正当化発言を批判する声明

 石原慎太郎東京都知事の10月28日の「同胞を奪還するぞ! 全都決起集会」での講演、および同31日の定例記者会見における発言は、多くの部分で歴史事実についての誤りがあり、我々の社会に事実誤認に基づいた誤った歴史認識を流布する結果となっています。私たちは朝鮮史研究者の団体として、今回の発言を看過することはできないと考え、ここに石原氏に猛省を促すとともに、正確な歴史事実に基づいた認識の必要性を社会に訴えます。

 石原氏は「集会」において「韓国併合」に言及し、その中で「彼らの総意で、ロシアを選ぶか、シナを選ぶか、日本にするかということで、近代化の著しい、同じ顔色をした日本人の手助けを得ようということで、世界中の国が合意した中で、合併が行われた」と発言しています。また、「会見」では「中国・清国、あるいはロシアに併合されそうになって、それならばということで、清国のほとんど実質的な属領から解放してもらった日本に下駄を預けたということではないですかね。それが正確な歴史です」とも言っています。まるで、大韓帝国(以下、韓国)の側がロシア・清・日本のなかから日本を選択したかのような表現ですが、事実は全くこれに反しています。
日清戦争後の清は韓国に政治的に介入することはありませんでしたし、ロシアはポーツマス条約第二条において「日本国カ韓国ニ於テ政事上、軍事上、及経済上ノ卓絶ナル権利ヲ有スルコトヲ承認」していますから、介入の余地はありません。そもそも、1905年の第二次日韓協約によって外交権を日本外務省に奪われ独自に外交を展開することのできなかった韓国に、選択の自由があったはずもありません。

 さらに石原氏は「総意」について「会見」で、「彼らの代表が国会なるものを持っていたのだろうから、そこで議決すれば、どれだけの比率の投票だったかは知らないけれども、いずれにしろ彼らの代表機関である合議機関、国会かどうか正確には知らないが、いずれにしろそういう政治家たちが合議して採決をしたんでしょう。だからあの問題については、あの頃は国際連盟もありましたけれども、外部の国際機関は誰も日本を誹謗する者はなかったと思いますよ」と説明しています。当時、国際連盟があったというのは論外ですが、さらに問題なのは国会に準ずる合議機関が存在し、その採決によって併合を決定したかのように強弁していることです。大韓帝国にはそうした機関は存在しません。大臣会議は存在しますが、それとても、1907年の第三次日韓協約以降は各部(部は現在の日本の省に相当)の実権は日本人次官に握られ、大臣には力はありませんでした。すなわち、併合当時の政治運営は、事実上日本人によって担われていたのであり、だからこそ日本の支配に反対する義兵闘争が激しく展開され、日本はその鎮圧に忙殺されたのです。もちろん併合も、到底国民の「総意」に基づいて行われたものではありません。併合条約は統監府と李完用首相との秘密裡の交渉で日本側の用意した条約案が押しつけられたものであり、日本軍が漢城に兵力を集中して厳戒体制が敷かれるなかで調印されたというのが「正確な歴史」です。

 また、「世界中の国が合意」していたというのも、国際連盟が存在しない当時において何を意味するのか明確ではありませんが、「帝国主義列強が合意していた」というのなら理解できないこともありません。日本は、イギリスとは1905年の第二回日英同盟によってインドと韓国におけるお互いの優越権を、アメリカとは桂−タフト協定によってフィリピンと韓国におけるそれを、それぞれ確認済みだからです。その他の列強も、自らの植民地支配を正当化する以上、日本の韓国支配を批判する立場になかったことは、1907年のハーグ万国平和会議において、外交権のない中、高宗皇帝の親書を携えた密使の命がけの訴えが一切黙殺されたことからも明らかです。それを「世界中の国の合意」というのなら、石原氏の言う「世界」とはせいぜい帝国主義列強のことであり、また「合意」といっても列強がそれぞれの利権を相互に承認し合ったという狭小な意味を持つに留まります。私たちは、このことをもって、「韓国併合」を正当化することは決して出来ないと考えます。

 以上述べたように、石原氏の発言は誤った事実認識に基づくものです。東京都知事という責任ある地位にあり、社会的影響力もある者の発言としては極めて不適切かつ無責任なものだと言わざるを得ません。この種の発言が我々の社会に誤った歴史認識を植え付け、日本の優越や、植民地支配・アジア太平洋戦争の正当化を主張する議論に同調する人々を増やし続けている状況を見るにつけ、私たちは暗澹たる思いを抱かざるをえません。こうしたことが、アジア諸国民の感情を傷つけ、不信を買い、結果的に安全保障においても大きくマイナスとして作用していることに石原氏は気付くべきです。私たちは、石原氏の発言に含まれた事実認識の誤りを糾すとともに、歴史研究の成果を無視した発言に対して強く抗議します。
2003年11月16日

                                               朝鮮史研究会幹事会