「終戦70年」安倍首相談話に対する声明 2015年8月14日、安倍晋三首相は、第二次世界大戦終結から70年という節目に当たって、閣議決定ののちに「内閣総理大臣談話」を発表した。「終戦70年」は、日本による植民地支配からの朝鮮半島「解放70年」でもある。この観点からすると、安倍首相の「談話」には、歴史的事実及び歴史認識において看過することのできない問題点がある。この「談話」が、全体として、日本による朝鮮植民地支配の事実およびそれに対する責任を系統的に否認する内容となっているからである。以下、朝鮮史研究の観点から、とくに重要と考える問題点を3点にわたって指摘する。 第一に、自ら植民地化の主体となった近代日本に対する評価である。「談話」では、19世紀日本が西洋諸国によるアジアの植民地化に対抗して「近代化」を遂行したと捉えたうえで、「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」という評価を下している。しかし、いうまでもなく、日露戦争は、中国東北地方および朝鮮半島の支配権をめぐる両国間の戦争であった。開戦直後に日本は、大韓帝国に対して、その中立宣言を無視して「日韓議定書」などを強要して政治的・経済的な干渉を行い、ついには保護国化して実質的な植民地とした。「談話」の日露戦争評価は、こうした重大な歴史的事実を度外視することによってしか成立しえない。その前に起こした日清戦争においても、日本は、朝鮮の民衆運動(甲午農民戦争/東学農民革命)に参加した人々を大量虐殺し、さらに戦後に台湾を植民地化した。19世紀以後の日本の「近代化」は、近隣の国・地域とその住民の主権と人権を踏みにじり、そこで収奪と搾取を恣行したことと裏腹の関係にあったのである。「解放70年」にあたって私たちは、そのことこそを胸に刻まなければならない。 第二に、植民地支配からの独立を目指す運動とそれに対する弾圧に関する認識である。「談話」では、「第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました」と述べた後、「当初は、日本も足並みを揃えました」と論じている。戦間期の「協調外交」を念頭に、英米と「足並みを揃え」たと評することは可能かも知れない。しかし、朝鮮植民地支配に関しては、日本は「民族自決の動き」に「足並みを揃え」ることは決してなかった。1919年の三・一独立運動に対して、朝鮮総督府は厳しい弾圧をもって臨み、数多くの朝鮮人を殺傷し、また拘束した。その後に朝鮮内外で展開した朝鮮独立運動も弾圧し続けた。「談話」では、世界恐慌後の経済ブロック化が、日本に「世界の大勢」を見失なわせる契機となったと弁解している。しかし、「民族自決の動き」に対しては、日本は、19世紀の「近代化」の時期から敗戦に至るまで、一貫して冷酷な態度をとり続けたのである。なお、冷酷な弾圧が「民族自決の動き」に対する恐怖という反作用を生み、それが関東大震災直後の朝鮮人虐殺というさらなる人権蹂躙に帰結したことも付け加えなければならない。 第三に、戦時下における朝鮮人被害に対する責任についての認識の欠落である。「談話」は、アジア・太平洋戦争期における「三百万余の同胞」の命と「戦火を交えた国々」の若者の命の犠牲への言及はしているものの、植民地下にあった人々の犠牲に対する認識がすっぽりと抜け落ちている。植民地下での過酷な戦時動員によって、数多くの朝鮮人が甚大な被害を受けた。1990年代以来歴史認識をめぐる問題の焦点となってきた日本軍「慰安婦」制度も、朝鮮人強制連行も、植民地における戦時動員体制の下での大規模な人権侵害の一環であった。「談話」には、日本軍「慰安婦」問題にも関わるくだりとして、「深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たち」という表現があるが、これは、傷つけた主体をあえて語らずに女性の被害一般の問題として設定することで、日本軍「慰安婦」問題に対する日本の責任を回避するものとなっている。 以上、「談話」の内容に即して、3点にかぎって朝鮮と朝鮮人に対する植民地支配責任について述べた。こうした植民地支配責任問題は、今日に至るまで未解決のままである。1965年の日韓基本条約においては、植民地支配に対する謝罪と補償の問題はあいまいに処理された。朝鮮民主主義人民共和国との間では、国交正常化交渉さえもが中断されている。植民地支配に起因する存在である在日朝鮮人に対しては、制度的・社会的差別を解消するどころかむしろ深刻化の様相さえ呈している。植民地支配責任に対する認識を欠いたままでは、「歴史の教訓の中から、未来への知恵を学」ぶことはできない。 「談話」は、「あの戦争には何らかかわりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と述べている。謝罪の責務は「宿命」ではない。それは、歴史的事実を謙虚に学び、歴史的責任を誠実に果たそうとする意志の問題である。日本政府がその意志を欠くのであれば、国民は、その意志を堅持しつつ政府をただす責務を負い続けなければならない。朝鮮史研究に携わるものとしてこのことを確認し、日本政府に対して、朝鮮植民地支配に関する歴史的事実を尊重し、その歴史的責任を着実に果たしてゆくことを強く求めるものである。 2015年10月24日 朝鮮史研究会
「終戦70年」安倍首相談話に対する声明
2015年8月14日、安倍晋三首相は、第二次世界大戦終結から70年という節目に当たって、閣議決定ののちに「内閣総理大臣談話」を発表した。「終戦70年」は、日本による植民地支配からの朝鮮半島「解放70年」でもある。この観点からすると、安倍首相の「談話」には、歴史的事実及び歴史認識において看過することのできない問題点がある。この「談話」が、全体として、日本による朝鮮植民地支配の事実およびそれに対する責任を系統的に否認する内容となっているからである。以下、朝鮮史研究の観点から、とくに重要と考える問題点を3点にわたって指摘する。
第一に、自ら植民地化の主体となった近代日本に対する評価である。「談話」では、19世紀日本が西洋諸国によるアジアの植民地化に対抗して「近代化」を遂行したと捉えたうえで、「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」という評価を下している。しかし、いうまでもなく、日露戦争は、中国東北地方および朝鮮半島の支配権をめぐる両国間の戦争であった。開戦直後に日本は、大韓帝国に対して、その中立宣言を無視して「日韓議定書」などを強要して政治的・経済的な干渉を行い、ついには保護国化して実質的な植民地とした。「談話」の日露戦争評価は、こうした重大な歴史的事実を度外視することによってしか成立しえない。その前に起こした日清戦争においても、日本は、朝鮮の民衆運動(甲午農民戦争/東学農民革命)に参加した人々を大量虐殺し、さらに戦後に台湾を植民地化した。19世紀以後の日本の「近代化」は、近隣の国・地域とその住民の主権と人権を踏みにじり、そこで収奪と搾取を恣行したことと裏腹の関係にあったのである。「解放70年」にあたって私たちは、そのことこそを胸に刻まなければならない。
第二に、植民地支配からの独立を目指す運動とそれに対する弾圧に関する認識である。「談話」では、「第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました」と述べた後、「当初は、日本も足並みを揃えました」と論じている。戦間期の「協調外交」を念頭に、英米と「足並みを揃え」たと評することは可能かも知れない。しかし、朝鮮植民地支配に関しては、日本は「民族自決の動き」に「足並みを揃え」ることは決してなかった。1919年の三・一独立運動に対して、朝鮮総督府は厳しい弾圧をもって臨み、数多くの朝鮮人を殺傷し、また拘束した。その後に朝鮮内外で展開した朝鮮独立運動も弾圧し続けた。「談話」では、世界恐慌後の経済ブロック化が、日本に「世界の大勢」を見失なわせる契機となったと弁解している。しかし、「民族自決の動き」に対しては、日本は、19世紀の「近代化」の時期から敗戦に至るまで、一貫して冷酷な態度をとり続けたのである。なお、冷酷な弾圧が「民族自決の動き」に対する恐怖という反作用を生み、それが関東大震災直後の朝鮮人虐殺というさらなる人権蹂躙に帰結したことも付け加えなければならない。
第三に、戦時下における朝鮮人被害に対する責任についての認識の欠落である。「談話」は、アジア・太平洋戦争期における「三百万余の同胞」の命と「戦火を交えた国々」の若者の命の犠牲への言及はしているものの、植民地下にあった人々の犠牲に対する認識がすっぽりと抜け落ちている。植民地下での過酷な戦時動員によって、数多くの朝鮮人が甚大な被害を受けた。1990年代以来歴史認識をめぐる問題の焦点となってきた日本軍「慰安婦」制度も、朝鮮人強制連行も、植民地における戦時動員体制の下での大規模な人権侵害の一環であった。「談話」には、日本軍「慰安婦」問題にも関わるくだりとして、「深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たち」という表現があるが、これは、傷つけた主体をあえて語らずに女性の被害一般の問題として設定することで、日本軍「慰安婦」問題に対する日本の責任を回避するものとなっている。
以上、「談話」の内容に即して、3点にかぎって朝鮮と朝鮮人に対する植民地支配責任について述べた。こうした植民地支配責任問題は、今日に至るまで未解決のままである。1965年の日韓基本条約においては、植民地支配に対する謝罪と補償の問題はあいまいに処理された。朝鮮民主主義人民共和国との間では、国交正常化交渉さえもが中断されている。植民地支配に起因する存在である在日朝鮮人に対しては、制度的・社会的差別を解消するどころかむしろ深刻化の様相さえ呈している。植民地支配責任に対する認識を欠いたままでは、「歴史の教訓の中から、未来への知恵を学」ぶことはできない。
「談話」は、「あの戦争には何らかかわりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と述べている。謝罪の責務は「宿命」ではない。それは、歴史的事実を謙虚に学び、歴史的責任を誠実に果たそうとする意志の問題である。日本政府がその意志を欠くのであれば、国民は、その意志を堅持しつつ政府をただす責務を負い続けなければならない。朝鮮史研究に携わるものとしてこのことを確認し、日本政府に対して、朝鮮植民地支配に関する歴史的事実を尊重し、その歴史的責任を着実に果たしてゆくことを強く求めるものである。
2015年10月24日
朝鮮史研究会