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 東京都人権啓発センターが2022年に主催した、アーチスト飯山由貴による「あなたの本当の家を探しにいく」展では、当初、その附帯事業として映像作品《In-Mates》の上映が予定されていた。この作品は、1930年代に東京の精神病院に入所していた2人の朝鮮人の診療記録に着想を得た、在日朝鮮人ラッパーFUNIのパフォーマンスを中軸にすえた映像作品である。ところがこの上映企画は中止に追い込まれた。その過程では、作品中で歴史研究者が関東大震災時に日本人が朝鮮人を殺したことは事実と述べている場面に対して、都の担当職員が、都知事が朝鮮人虐殺被害者の追悼式典に追悼文を送らなかったことに言及したうえで、「都知事がこうした立場をとっているにも関わらず、朝鮮人虐殺を「事実」と発言する動画を使用する事に懸念があります」と表明していたことが明らかになっている。

 この作品に対する公的機関の検閲は、これに始まったものではない。この作品はもともと、2021年に外務省の外郭団体である国際交流基金の出品依頼を受けて飯山が制作したものであった。ところが同基金の展示においても、「歴史認識を巡って非生産的な議論を招きかねない場面が含まれる」といった理由から、展示会期がはじまる5日前に上映中止にされた経緯があった。

 これらのことは、公的な表現の場において、それも他ならぬ「人権」や「国際」の名のもとにおこなわれる場においてすら、関東大震災時の朝鮮人虐殺を事実として語ること自体が、検閲の対象とされ、排除されてしまうということを意味している。わたしたち朝鮮史研究者は、こうした東京都および国際交流基金の検閲に現れた、公的機関の歴史認識に対する姿勢に深い憂慮を覚える。

 いうまでもなく、関東大震災後に、公的機関が朝鮮人「暴動」流言を「事実」として認めて拡散させ、これを信じた軍・警察・日本人市民が、朝鮮人を多数殺害したことはまぎれもない歴史的事実である。東京都が刊行している『東京百年史』もそれについて記述している。被害にあった在日朝鮮人やその遺族、地域の住民らとともに、わたしたち朝鮮史研究者も、その虐殺に関わる歴史の発掘や、史実の次世代への継承に取り組んできた。過ぎ去った歴史を掘り起こすだけではなく、再びこのような人道に対する罪を起こさせないために、また、日本人が再びこのような蛮行を引きおこすのではないかと在日朝鮮人が怯えることなく、人間としての尊厳が保障され安心して暮らすことのできる社会をつくるために、歴史に向き合う営みが積み重ねられてきたのである。

 今回の一連の事態は、東京都や国際交流基金が、そうした歴史研究の知見や実践の継承を公的機関としての責務と考えるどころか、その意義や重要性を考慮せず、現時点での自分たちの立場にそぐわないと考えた史実が扱われている場合には、その関与する表現の場から排除しても構わないという認識に立っているものと考えざるをえない。あの虐殺を繰り返させないための地道な努力の積み重ねを公的機関が否定することは、再び惨劇を生み出すような社会的土壌を上から醸成することにつながりかねない。さらに今回の事態は、教科書の「強制連行」「従軍慰安婦」等の表現を改めさせるとした閣議決定(2021年)などと軌を一にした、歴史認識に対する公的な検閲を当然のものとする風潮に棹さすものと思われる。これを座視すれば、公的な検閲が、在日朝鮮人史や日本の朝鮮植民地支配にかかわる問題を扱う研究への公的助成、歴史教育の現場、さらには自治体史、博物館展示など、広範囲に及ぶことすら懸念される。

 関東大震災から100年。わたしたち朝鮮史研究者は、歴史に真摯に向き合っていくことをあらためて誓うとともに、朝鮮人虐殺の事実を語ることへの公的機関の検閲に対し厳重に抗議する。

2023年8月1日
朝鮮史研究会幹事会

【参考】